お金の歴史④ 大ホラ吹きと笑われた、未来の紙切れ
Le Petit Poucet / Gustave Doré 1862
子供はよく嘘をつく。
近所の子がヘーゼルナッツの木の散歩道で、化け物を見たと言った。子供たちは恐る恐るその辺を探検する。なかなか見つからなくて、そのうちの一人の子が親に聞きに帰る。
「化け物なんていないんだって!」
化け物はいないじゃ無いか。だんだんそんな雰囲気になり、そのうちみんな化け物探しに飽きて、別の遊びを始めた。
「本当にいたんだって!」
ローマが銀を薄めて続け衰退していった頃、中国、四川省の成都では、商業が盛んだった。そこでは銅が産出されないので、重くて錆びやすい鉄銭がお金として使われていた。
そこでは一つ困った問題があった。
小さい買い物でも、重い鉄の塊を持ち歩かなければならないのだ。大きな取引になると、持っていけないので馬に鉄銭を積んで運ぶ。盗賊に狙われる危険もあった。
そこで富商組合は考えた。
コインを預かって、代わりに預かり証を渡す。その紙切れを持ってくれば、いつでも本物の鉄銭と交換できると。
これが『交子』、世界初の紙幣である。
『交子(こうし)』Wikipedia
よく見ると、紙幣の上部には「本物のコイン」の丸いマークがずらりと並んでいる。
紙と墨、それだけでできる。馬が運んでいた鉄銭の袋は一枚の紙になった。
1023年、今度は北宋政府が交子の発行を引き継いだ。今まで使われていた古い紙幣を新しい紙幣へ交換する。これにより信用が保たれ、貿易はさらに盛んになった。
紙幣を作るのには、製紙技術と印刷技術が必要だったが、そのどちらも中国が発明したものだったことは、偶然ではないだろう。
13世紀、一人のイタリア人商人が中国にやってきた。
名はマルコ・ポーロ。当時まだ十七歳。
彼が目にしたのは、信じられない光景だった。
賑やかな市場で人々が取引をしていた。手渡されているのは、なんと金でも銀でもなくただの紙切れ。木の皮を原料にした、薄っぺらな茶色い紙に文字が書かれていて赤い判子が押してある。それが、黄金や宝石と同じように受け取られている。
マルコ・ポーロは目をこすりもう一度見た。やはり紙だ。
彼は東方見聞録にこう記した。
元の皇帝フビライ・ハーンは、世界最高の錬金術師だ。ただの紙切れに判子を押すだけで、国中の黄金をタダ同然で手に入れている。
25年後、故郷ヴェネツィアに帰り着いたマルコ・ポーロがこの話をすると、人々は笑った。
「紙切れがお金になるわけがない」
「東洋に行きすぎて頭がおかしくなった」
彼のあだ名はミリオーネ(嘘を100万回つく男)、大ぼら吹きになった。
そして、あの散歩道でも種明かしがあった。
あとでその父親が来て教えてくれた。夜になると森の動物たちがヘーゼルナッツや木の実を食べに来るという。あの日見たのは化け物ではなく、イノシシの親子だ。
謎が解けると、子供達は歓声をあげながら一斉に散らばって走り出した。
マルコ・ポーロが見た信じられないような常識は、その当時モンゴル全土に広がっていった。
ある日、フビライ・ハーンは一つのことに気づく。
コインは金や銀を掘り出さなければ増やせないが、紙は違う。紙とインクさえあれば、いくらでも刷れるのではないか…。
交子は、本物のコインと交換できた。しかしモンゴル帝国が発行した交鈔は、金銀との交換保証はないが、国家がこれをお金と定めた。使用を拒んだ者への罰を法律で定めて、信頼の代わりに国家の強制力で紙幣を支えた。
フビライは必要なだけ紙幣を刷り、莫大な軍費を調達し、世界最大級の帝国を築き上げた。
それが可能だったのは、人々が積み上げてきた紙幣への信用があったからである。
こうして、ローマがコインを薄め続けたように、モンゴル帝国は紙幣を刷り続けた。戦費が必要になれば刷る。宮殿を建てれば刷る。
心理学でいう快楽のトレッドミルとは、新しい豊かさにすぐ慣れ、いつもの満足が足りなくなり、欲が止まらないことだ。お金はその人間の、もっと欲しいを際限なく増やすようだ。
裏付けのない紙幣が市場に流れて、やがて紙幣の価値は無くなっていった。
重い鉄銭から解放されたのに、今度はパン一斤を買うために荷車いっぱいの紙幣を運ばなければならなくなった。紙幣は街中にあふれ、人々は紙の束を抱えて買い物に出かけるようになった。
コインを薄めて滅びかけたローマと、紙を刷りすぎて信用を失ったモンゴル帝国。時代や形は違うけど、同じことが起こった。人類は、薄めれば価値は消える、と学んだはずだったのに。
金属には物理的な限界があったが、それが紙にはない。
では、同じ過ちを繰り返さないために、どうやってお金の価値を守りながら、人間の欲望に立ち向かえばいいのだろうか。
次回は、金本位制の話です。
歴史をたどるとお金の正体が
少しずつ見えてきます。
連載『お金の歴史』を更新しています。




この記事読みながら、モンゴル帝国のやり口ってニクソンショックみたいだなぁと思ったら次の予告が金本位制!!
おもしろい!!!!
花雪さんの記事は、
毎日読むのではなく、
試合に行く感覚。
おもしろい!ほんとにおもしろい!!