人は知っているものしか見ていない
知識とは第二の目である
私たちは動物である以上、五感を通して世界を認識するのだが、なかでも視覚は大きな役割を占めており、私たちはあまりにも、目に見えることに頼りすぎている。
しかし、多くのことは見えていない。
空気のように物理的に見えないものもあるし、そこにあってもバイアスの影響で認識していないこともあって、
同じ世界を見ているはずなのに、人によって見えているものが違うというわけだ。
誰もいない森で木が倒れたら、音はするか?
哲学者バークリーが残したこの問いを、ここで少し考えてみてほしい。音はするか?しないか?
物理的には、木が倒れれば空気が振動するので、音はしているはずだ。
しかしバークリーは違う考え方だった。
音とは、鼓膜が振動を捉え、脳が認識したものなので、認識する人がその場にいなければ、それは音ではなく、ただの空気の震えに過ぎない。
つまり彼にとって、空気の振動は物理的な現象で、音は知覚によって生まれるものだった。
誰もいない森で木が倒れたとき、振動はあっても音はない。
バークリーは、「知覚されないものは、本当に存在すると言えるのか」という。
Esse est percipi.
存在することは、知覚されることである。
―― George Berkeley
こういったことは日常にもよくある。車を買ったとたん、街で同じ車が目につくようになるあれだ。車の数が急に増えたわけではなく、ただ認識が変わっただけで、その同じ種類の車が見えるようになる。
ゲーテはこれを「人は、自分が知っていることしか見ない」と言った。
目はそれを見ていても、知識がなければ脳はそれを景色の一部として消し去ってしまう。物理的にそこに存在していても、認識されなものは、自分の中には存在しないのと等しい。
さらに、言葉も認識に影響するらしい。
アフリカのナミビア北部に暮らすヒンバ族には、青と緑の分類が私たちとは違う。彼らに緑の中に混ざった青を見せると、識別に時間がかかるという研究がある。
言葉という知識がなければ、見えているはずの色彩も、脳は区別できない。
言葉は、私たちが世界を認識するために使える道具で、知識は、見えないものを見えるようにする『第二の目』と言える。
この第二の目がもたらした影響は大きい。
昔は病気が悪い空気や悪霊のせいだと信じられていたが、科学者たちは、顕微鏡で見つけた微生物が病気の原因だと考え、そしてそれが検証され、人類の行動は一変した。
人権、経済、法律、信用。これらは物理的には存在しないから、目には見えない。しかし私たちがその知識を共有しているからこそ、社会は機能している。
目に見えないものが、世界を動かしている。
知識が増えることで、第二の目は鍛えられ、世界の解像度が上がってくる。
例えば、ただの雑草が、植物の知識を得ると、薬草や固有種に見える。怒りや不安という感情は、フィルターを外し正しい知識があればその歪みを正せる。「最近の若者はダメだ」という年配の人も、犯罪率やボランティア参加率のデータなどを知れば、見方が変わる。
では、第二の目はどうやって養われるのか。
身体が食べたものでできているように、第二の目は取り入れた情報でできているので、どんな情報に触れるかが重要だ。
しかし、ここで一つ気になることがある。
人は、自分が知っていることしか見ないとしたら、私たちは世界を見ているのではなく、知っている範囲の世界だけを見ているのではないだろうか。
アルゴリズムによって選別された情報だけを見ていれば、見える世界もまた偏っていく。
しかし本当の問題は、知らないことは疑うことすらできないので、自分が見えていないことに気づけないことだろう。
存在しないから見えないのではない。見えていないから、存在しないものとして扱ってしまうのである。
知識とは、新しい答えを与えるものではなくて、ずっとそこにあったものを、見えるようにするもの。
だとしたら、私たちは何かを見落としているのかも。
いつもありがとうございます。
感想やコメント、待っています。


「知識とは第二の目」という表現が印象に残りました。
知ることで世界が増える一方で、知らないことには疑問すら持てない、という部分が少し怖く、でも大事ですね。
見えているつもりの景色を、もう一度見直したくなる文章でした。
「目に見えないものが世界を動かしている」卓見を言葉にして下さり、ありがとうございます。
知らないものは知りようが無い怖さがあり、一つの手段として図書館を利用していました。Aを主張する本の隣に、非Aを主張する書籍が半世紀前は並んでいたので、本棚丸ごと読むことで専門家へ質問できる程度は頭へ入った気がします。近年は、時期によって似た主張ばかりで開架が染まるため、書庫を探す必要が生じ、やはり自分の想像や知識が及ぶ範囲に限られがちでした。
そこでSNSの助けを借りていたのですが、「知らないことへ手を伸ばす」上で、司書が選んだ本を車へ載せ巡回する移動図書館の貢献が自分には大きかったので、お話ししたくなりました。貴記事の主題からそれた浅さですみません。
移動図書館に先月は『初めての土づくり』『食べられる庭』『闇バイトから身を守る』『防災インテリア』等がありました。「この本なら読んでくれるかな」と、司書が選んだそうです。移動図書館の利用は、子ども達のお話し会や、小説好きが多いことを踏まえた上で、生活に欠かせない分野から世代が異なる方の着眼点を活かし、持って来るのが有難くてなりません。「目に見えないものが世界を動かす」の旗印を、おれ達は高く掲げます。